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津地方裁判所 平成6年(行ウ)9号 判決 1998年9月10日

原告

株式会社オリジナルコーヒー商会

右代表者代表取締役

岡村孝

右訴訟代理人弁護士

岡村共栄

岡村三穂

中込光一

被告

津税務署長

中川哲男

右指定代理人

今村隆

外一一名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

一  被告が原告に対して平成五年三月三一日付で行った、平成元年五月一日から平成二年四月三〇日までの課税期間の消費税の更正処分のうち、納付すべき税額二七〇万一〇〇〇円を超える部分を取り消す。

二  被告が原告に対して前同日付で行った、平成二年五月一日から平成三年四月三〇日までの課税期間の消費税の更正処分のうち、納付すべき税額二五〇万八七〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

三  被告が原告に対して前同日付で行った、平成三年五月一日から平成四年四月三〇日までの課税期間の消費税の更正処分のうち、納付すべき税額二五一万三〇〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

第二  事案の概要

一  本件の事案

本件は、原告が、平成元年五月一日から平成二年四月三〇日までの課税期間(以下「平成二年四月期」という。)、平成二年五月一日から平成三年四月三〇日までの課税期間(以下「平成三年四月期」という。)、平成三年五月一日から平成四年四月三〇日までの課税期間(以下「平成四年四月期」という。)の各年度の消費税について、各課税期間中に行った仕入れに係る消費税額を控除して確定申告したところ、被告から、消費税法三〇条七項にいう「課税仕入れ等の課税控除に係る帳簿又は請求書等を保存しない場合」に該当するとして、右各年度の消費税についての更正(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定(以下「本件賦課決定」という。)を受けたため、右各処分(以下あわせて「本件各処分」という。)の取消しを求めた事案である。

二  関係法令の定め

消費税法(平成六年法律第一〇九号による改正前のもの。以下「法」という。)は、国内において事業者が行った資産の譲渡等には、消費税を課する旨規定し(四条一項)、消費税の納付義務は事業者が負うとしている(五条)。そして、課税資産の譲渡等に係る消費税の課税標準を、課税資産の譲渡等の対価の額とし(二八条一項)、消費税率を一〇〇分の三と規定している(二九条)。また、事業者が、事業として他の者から資産を譲り受け、若しくは借り受け、又は役務の提供を受けることを課税仕入れというが(二条一項一二号)、事業者が国内において課税仕入れを行った場合には、当該課税仕入れを行った日の属する課税期間の課税標準額に対する消費税額から、当該課税期間中に国内において行った課税仕入れに係る消費税額が控除される(三〇条一項)。ただし、右三〇条一項は、事業者が当該課税期間の課税仕入れの税額の控除に係る帳簿又は請求書等を保存していない場合には、三〇条七項但書に該当する場合を除いて、当該保存がない課税仕入れに係る課税仕入れ等の税額について適用されない(法三〇条七項)。

三  争いのない事実

1  当事者

原告は、肩書地においてコーヒー豆及び喫茶材料の加工及び販売、冷凍食品及び関連機器の加工及び販売等を営む法人である。

2  確定申告

(一) 原告は、平成二年四月期の消費税について、左のとおり記載した確定申告書を法定申告期限までに申告し、納付すべき税額を納付した。

課税標準額

五億一五八〇万五〇〇〇円

消費税額

一五四七万四一五〇円

控除税額

一二七七万三一二五円

納付すべき税額二七〇万一〇〇〇円

(二) 原告は、平成三年四月期の消費税について、左のとおり記載した確定申告書を法定申告期限までに申告し、納付すべき税額を納付した。

課税標準額

四億二二一三万八〇〇〇円

消費税額

一二六六万四一四〇円

控除税額

一〇一五万五三九四円

納付すべき税額二五〇万八七〇〇円

(三) 原告は、平成四年四月期の消費税について、左のとおり記載した確定申告書を法定申告期限までに申告し、納付すべき税額を納付した。

課税標準額

四億一五八二万二〇〇〇円

消費税額

一二四七万四六六〇円

控除税額九九六万一五七七円

納付すべき税額二五一万三〇〇〇円

3  本件各処分

(一) 被告は、原告に対し、平成五年三月三一日付で平成二年四月期について、左のとおり更正処分を行った。

(更正処分)

課税標準額

五億一五八〇万五〇〇〇円

消費税額

一五四七万四一五〇円

控除税額 〇円

納付すべき税額

一五四七万四一〇〇円

(二) 被告は、原告に対し、前同日付で平成三年四月期について、左のとおり更正処分及び賦課決定を行った。

(更正処分)

課税標準額

四億二二一三万八〇〇〇円

消費税額

一二六六万四一四〇円

控除税額 〇円

納付すべき税額

一二六六万四一〇〇円

(賦課決定)

過少申告加算税額

一三九万七〇〇〇円

(三) 被告は、原告に対し、前同日付で平成四年四月期について、左のとおり更正処分及び賦課決定を行った。

(更正処分)

課税標準額

四億一五八二万二〇〇〇円

消費税額

一二四七万四六六〇円

控除税額 〇円

納付すべき税額

一二四七万四六〇〇円

(賦課決定)

過少申告加算税額

一三六万八〇〇〇円

4  異議申立及び審査請求手続

原告は、被告に対し、平成五年五月二四日、本件各処分について異議申立を行った。これに対し、被告は、同年八月二三日、右異議申立を棄却した。そこで原告は、同年九月二一日、国税不服審判所長に対し、本件各処分についての審査請求を行った。これに対し、国税不服審判所長は平成六年三月三〇日、右審査請求を棄却する旨の裁決を行い、同裁決書は同年四月一日付で原告に送達された。

四  被告の主張

法三〇条七項は、納税者が「当該課税期間の課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿又は請求書等(以下「帳簿等」という。)を保存しない場合」には、課税仕入れに係る税額を控除しないとしているところ、右にいう「帳簿等の保存」とは、物理的な帳簿等の保存があることのみならず、適法な税務調査に応じて直ちに提示できる状態での保存をいうと解するのが相当である。しかるに、原告は、本件調査において被告係官から適法な提示要請がされたにもかかわらず、正当な理由なく帳簿等の提示を拒否した。したがって、被告は、法三〇条七項を適用して仕入税額控除を否認したものであり、本件各処分は適法である。

1  法三〇条七項の法的効力―「帳簿等を保存しない場合」にも仕入税額控除が認められる余地があるか。

法は、三〇条一項において仕入税額控除を定め、法三〇条七項において、仕入税額控除に係る帳簿等を保存しない場合には、同項但書に定める場合を除いて法三〇条一項を適用しないと規定する。このように、法三〇条七項が帳簿等の保存を仕入税額控除の要件とした趣旨は、課税仕入れの事実の証明手段を帳簿等に限定することにより仕入税額控除の正確性を担保するためであるから、帳簿等の保存がない場合には、仮に客観的に課税仕入れが存在したとしても仕入税額控除は認められない。原告は、この点、帳簿等の保存がない場合でも、他の資料により課税仕入額を合理的に推認できる場合には仕入税額控除を認めるべきであると主張するが、右解釈は、法三〇条七項の明文に反するばかりか、同項の存在意義を全く失わせるものであって到底許されない。仕入税額控除が認められるためには、真実課税仕入れに係る消費税額が存するとともに、法定の帳簿等を保存していることが必要なのであり、法定帳簿等以外の資料によって課税仕入額を推認して仕入税額控除をすることは許されていないというべきである。

2  法三〇条七項にいう「帳簿等を保存しない場合」の意義

法三〇条七項にいう「帳簿等の保存」とは、以下に詳述するとおり、適法な税務調査に応じて直ちに提示できる状態で帳簿等を保存していることをいうと解すべきである。

(一) 申告納税制度の趣旨と仕入税額控除の正確性担保の重要性

消費税法は申告納税制度を採用しているが(法四二条、四五条)、申告納税制度とは、納付税額の確定につき原則として納税者の申告に委ねつつも、最終的には税務職員の質問検査権の適切な行使により、申告内容の正確性を税務署長等において確認することを前提とした制度である。そして、消費税法における仕入税額控除については、正確な税額把握がなされないと納税者に益税が発生すること、即時控除方式が採用されていることから不正還付の蓋然性が高いこと、帳簿方式はインボイス方式に比べ正確性に劣ること等の特質から、申告内容の正確性を担保することが特に要求されている。また、消費税の申告及び課税処分は、大量反復性を有しているため、その早期確定と処分の安定性が強く要求されている。そこで法は、適法な税務調査において、課税庁に対して帳簿等が提示され、課税庁において帳簿等の保存と記載内容が確認されることによって初めて、仕入税額控除の正確性が担保され、大量反復性を有する消費税の早期確定と処分の安定性が確保されるものとしたのであり、同項は適法な税務調査に応じて帳簿等が提示されることを当然の前提とした規定であるといえる。

また、税務署長が帳簿等の記載内容の正確性を確認するためには、帳簿等に記載された仕入先等における調査等を行うことが必要な場合も生じるが、処分後の訴訟等の段階で帳簿を提出すればよいと解すると、既に取引先等の調査対象者における資料や記憶が失われ、課税仕入れの事実の調査ができない結果が生じてしまう。これでは、税務調査により課税仕入れの事実の正確性を担保しようとした法の趣旨が全うされないのであって、法がこのような事態を想定していないことは明らかである。

(二) 条文の規定の仕方

法三〇条七項にいう「保存」が、税務職員に対する提示を前提としていることは、以下のような条文の規定の仕方からも明らかである。

まず、消費税法施行令(以下「令」という。)五〇条一項は、帳簿又は請求書類を整理して保存することと規定しているが、整理が要求されている趣旨は、他人に提示することを予定しているからとしか考えられない。次に、法三〇条八項は帳簿の記載事項を、同条九項一号は請求書等の記載事項を詳細に法定しているが、これは、適法な税務調査において税務職員が、帳簿等の記載から課税仕入れに係る消費税額の調査、確認を行うためである。さらに令五〇条一項は、帳簿等の保存場所を納税地等に限定し、その保存期間を、帳簿についてはその閉鎖の日の属する課税期間の末日の翌日から、請求書等についてはその受領した日の属する課税期間の末日の翌日から二月を経過した日からそれぞれ七年間である旨規定しているが、これは、課税庁の課税権限を行使しうる最長期限である七年間(国税通則法七〇条五項参照)と完全に符合する。右規定は、帳簿等の保存が、消費税の確定申告後の税務調査を念頭に置き、これに対応して提示されることを予定していると解して、初めて理解できる規定である。

(三) 青色申告承認の取消に関する裁判例

所得税法において、青色申告者は、帳簿書類を備え付け、記録又は保存しなければならず(一四八条一項)、これが行われていない場合には税務署長は青色申告の承認を取り消すことができる(一五〇条一項一号)。そして、同法にいう「保存」の意義については、税務職員の適法な提示要求に対して、正当な理由なく帳簿書類の提示を拒否した場合には、法一五〇条一項一号にいう「帳簿書類の備付け、記録又は保存がない場合」に該当するとの裁判例が確立しており、右解釈は法三〇条七項の解釈についても妥当する。すなわち、所得税法は、青色申告者の所得金額計算についての資料を帳簿書類に限定し、その記載方法を規定するとともに、青色申告者に対し、帳簿書類を整理したうえ原則として七年間納税地等に保存することを要求しているが、これは、前記(二)で述べた、消費税における条文の規定の仕方及びその趣旨とまさに一致しているのであり、両者は同じように解釈されるべきである。

(四) 法三〇条七項の「保存」を物理的保存と解することの不合理性

納税者に対して税務調査を行うのは、申告内容に何らかの疑義が存する場合が多いが、そのような疑義があるにもかかわらず、帳簿等の提示を不当に拒否されたときに、帳簿等の物理的保存が認められるとして、納税者の申告どおり仕入税額を控除しなければならないとすると、質問検査権の存在意義を失わせ、税務調査に非協力な納税者のみを優遇する結果となるばかりか、税務調査後に帳簿等の体裁を整えることを許すことにもつながりかねず不合理である。

また、処分時に帳簿等の提示がないとして仕入税額控除を否認する処分がなされた場合に、帳簿等の後出しにより保存が立証できるとすると、税務職員は将来処分が取り消されることを承知して処分をせざるを得ず、行政処分の安定性を欠くうえ、申告納税制度の下において質問検査権を適切に行使して申告内容の正確性を確保すべき職責を負う課税庁に対し、その職責を放棄することを求めるに等しいことになる。他方、これを納税者の側から見れば、税務職員に帳簿等を提示することは極めて容易であって、後出しを認める合理的理由はない。また、帳簿等の後出しを認めれば、処分の効力を恣意的に覆滅させる権利を納税者の手に委ねることになるが、法がそのような課税関係の安定を害する事態を想定しているとは考えられない。右解釈は不合理である。

さらに、原告は、税務調査時に帳簿等を提示する必要はなく、不服申立手続や訴訟手続で帳簿等の保存を立証すればよいと主張するが、法三〇条七項が、不服申立手続や訴訟手続を予定して帳簿等の保存を仕入税額控除の要件としているとは考えられない。なぜならば、帳簿等の保存を仕入税額控除の要件としたのは、仕入税額の立証のためと解されるところ、右各手続は、程度の差こそあれ慎重な審理が行われ、納税者には証拠資料の提出の機会が与えられ、さらに訴訟手続では自由心証主義が採用されているから、控除すべき仕入税額の立証方法を帳簿等に限定する合理的理由はないからである。したがって、法三〇条七項は、右各手続以前の時点における帳簿等の保存を予定していることになるが、それは、とりもなおさず税務調査の段階における仕入税類立証のための提示を予定したものと解さざるを得ない。

(五) 租税法律主義との関係

租税法は侵害規範であり、法的安定性が重視されるので、租税法律は原則としてその文言に即して解釈されなければならない。しかし、他方、文言だけからは幾つかの解釈の可能性が考えられるような場合等においては、当該法条の趣旨・目的を参酌して解釈しなければならないこともある。法三〇条七項の制度趣旨を考慮すれば、同項の解釈については、正にこのことがあてはまるのであり、原告主張のように形式的に解釈すべきではない。

3  本件調査の経緯

被告係官小林秀行及び同後藤敏は、原告の平成二年四月期、平成三年四月期及び平成四年四月期(以下「本件係争各事業年度」という。)の法人税及び消費税の申告内容を確認するため、以下のとおり、原告の事務所に赴くなどして、その申告内容の調査(以下「本件調査」という。)を行った(以下、年号の記載がなく、月日のみを記載している場合は、平成四年度を指す。)。

(一) 八月二七日午前(同日第一回臨場)

小林及び後藤は、事前に、原告の関与税理士である位田幹生と電話で日程調整を行ったうえ、同日午前九時三〇分ころ、本件調査のため原告事務所に臨場し、岡村孝と面接した。小林らは、面接を行うにあたり、まず、岡村に対して写真付きの身分証明書及び質問検査章(以下「身分証明書等」という。)を提示し、本件調査について説明し協力を求めた。これに対し岡村は、右身分証明書等を確認したものの、なお「身分確認のために身分証明書をコピーさせて欲しい。コピーがなければ調査に応じられない」と主張した。そこで小林らは、「身分証明書は納税者に提示すればよいし、今日調査に伺うことは事前に位田税理士を通じて伝えてあるはずである」「不審に思うなら税務署へ電話して確認してもらえば分かる。後の証明のためならば身分証明書の内容を書き写したらどうか」等と述べて説得したが、岡村は納得せず、「電話はどこにかかるかわからないから信用できない」「コピーに応じられないなら、小林らの身分・調査の範囲を公文書で示して欲しい。また、調査の目的も明らかにして欲しい」などと申し立てた。その後も、小林らは言葉を尽くして説得に努めたが岡村は納得せず、小林らは、調査対象法人名、調査税目、調査項目、調査担当者の所属及び氏名を記載したメモを岡村に渡して事態の進展を図ろうとしたが、岡村は「公文書ではないから調査に応じられない」などとして調査には全く協力しようとしなかった。小林らは、午後一時ころ再度臨場する旨告げて、午後零時ころ一旦原告事務所を辞去した。

(二) 八月二七日午後(同日第二回臨場)

小林らは、同日午後一時ころ、再び原告事務所に臨場し、再度調査協力を求めた。しかし、岡村は身分証明書のコピー及び調査理由開示の要求を繰り返すばかりで、帳簿等を提示しなかった。小林らは、事態が進展しないので、午後二時ころ、岡村に位田を呼んでもらい、同人に事情を説明し協力を求めたが、同人も、岡村と同様に身分証明書のコピーを強く求めるのみで、事態は進展しなかった。そこで小林らは、岡村及び位田に対し「適正に身分証明書を提示したにもかかわらず、身分証明書のコピーに応じないことを理由として帳簿等を提示しないというのは調査拒否に当たる」と告げたうえ、午後二時二〇分ころ、原告事務所を辞去した。

(三) 九月二一日

小林らは、同日午前九時五〇分ころ、再び原告事務所に臨場し、岡村と面接して調査協力を要請した。しかし、岡村は、相変わらず身分証明書をコピーさせるよう繰り返し要求するばかりであった。そこで、小林らは、もう一度よく考えるように告げ、九月三〇日に再度臨場する旨伝え、午前一〇時五分ころ、原告事務所を辞去した。

(四) 九月三〇日

小林らは、同日午前一〇時ころ、原告事務所に臨場し、岡村に面接して調査協力を要請した。しかし、岡村は、この日も身分証明書をコピーさせるよう繰り返し要求し、身分証明書をコピーさせることが帳簿提示の条件である旨申し立てた。小林は、これまでに岡村の方で小林らの身分を確認しなかったのかどうか質問したが、岡村は、「何もしていない」と返答するだけであった。そこで、小林らは、このまま調査に協力せず帳簿を提示しなければ、青色申告の承認取消事由に該当すること、消費税の仕入税額控除ができなくなることを説明し、帳簿を提示するように説得した。しかし、岡村は、それでも帳簿を提示しようとせず、「むしろ青色申告承認取消通知書や消費税の更正通知書が送達されれば、小林らの身分が証明されるので、その後ならば調査に応じることができる」などと開き直った言い方をした。小林らは、これでは帳簿提示は受けられないと判断し、同日午前一〇時五〇分ころ、原告事務所を辞去した。

(五) 一〇月一二日

河之口茂夫統括官は、同日、位田に電話をかけ、岡村が要求する身分証明書のコピー等について位田がどのように考えているか質問した。位田は、「違法でないなら、納税者が要望している身分証明書のコピーをしてやればいい」との返答であった。そこで、河之口は、身分証明書のコピーはできないと説明したが、位田は納得せず、問題の具体的解決方法を話し合うことができなかった。

(六) 一一月四日

河之口は、これまでの経過から、自らも岡村に会い、説得に努める必要があると判断し、同日午前九時五〇分ころ、小林とともに原告事務所に臨場し、岡村と面接した。河之口は、「前回調査から一か月程度経過したが、岡村のほうで小林らの身分の確認を行ったことはあるか」と質問したが、岡村は「身分証明書のコピーをさせればその必要はない」と答えるのみであった。そこで河之口は、「身分証明書の記載内容についてメモを取り、電話等で税務署に問い合わすという方法でも身分確認ができる」「最初に臨場してから二か月程度経過し、その間に今日も含めて四回会って、身分証明書も提示しているのだから、税務職員であることを認めて調査に協力するように」と説得したが、岡村はなおもコピーが必要であると申し立て、調査に応じようとしなかった。河之口は、岡村に対し、「何度も臨場したが、同じことの繰り返しになって、調査を進めることができないので、岡村の帳簿書類の不提示は調査拒否に当たり、青色申告の承認取消事由と消費税の仕入税額控除の否認事由に該当することになるから、青色申告の承認取消通知書と消費税の更正通知書を送付することになる」と説明した。しかし岡村は、「税理士と相談して回答したいので少し時間が欲しい」と述べただけで、結局この日も帳簿書類は提示しなかった。河之口は、仕方なく、なるべく早く回答するように岡村に伝え、岡村と名刺交換した後、午前一〇時五〇分ころ、小林と共に原告事務所を辞去した。

(七) 一一月二六日

小林は、三週間経過しても、岡村からも位田からも連絡がないため、同日、原告事務所に電話をかけて、一二月三日及び四日に調査で臨場したい旨伝えた。岡村は、都合を確認してから回答する旨返答した。

(八) 一一月二七日

しかし、岡村からの返答がないため、後藤は、同日、一二月三日及び四日の調査日程の確認のために原告事務所に、三回電話をかけた。最初の二回、岡村は、税理士と都合がつかないので再度電話をかけ直すよう述べ、三回目は、結局、身分証明書のコピーの問題が解決していないので、調査に来ても意味がない旨の返答をし、交渉は位田に委ねるなどと述べて、調査日程調整の話を受けつけようとしなかった。そこで、後藤は、位田に電話したが、結局、これまでと同様、身分証明書のコピーの件で押し問答となるだけであり、さらに位田は、後藤と電話を代わった河之口に対しても、「この件が解決するまで調査は白紙である」などと述べて、具体的な調査の日程等についての話には応じなかった。

(九) その後の経緯

そしてその後、消費税の更正処分に至るまでの間、岡村及び位田からの連絡は一切なかった。そこで被告は、平成五年三月三一日、本件係争各事業年度の消費税について更正処分及び賦課決定を行った。

4  原告による帳簿保存の不備

税務調査の際に帳簿等を提示しなければ、その後に帳簿等を提出しても、法三〇条七項にいう「保存」があったといえないことは前記2のとおりであるが、付言すれば、原告提出の帳簿等には様々な不備があり、本件処分時に法令に従った帳簿等の物理的保存があったものとも認められない。すなわち、原告提出の帳簿には、法三〇条八項の記載要件を欠く支払分が認められるし、消費税額の処理としても、課税仕入れとならないものを課税仕入れとしたり、課税標準額に算入しなければならないものを算入していないなどの誤りが認められる。原告は、被告係官からこれらの誤りを指摘されることを避けたいがために、本件調査において帳簿等の提示を拒否したものとも推察される。

5  本件各処分の適法性

(一) 更正処分の適法性

法三〇条七項にいう「帳簿等の保存」とは、前記2のとおり、適法な税務調査に応じて直ちに提示できる状態での保存をいうと解せられ、納税者が正当な理由なく帳簿等の提示を拒否した場合には法三〇条一項による仕入税額控除は認められない。しかるに、本件調査においては、前記3のとおり、小林、後藤及び河之口は、三か月間以上の期間にわたり、本件調査への協力及び帳簿の提示を要請し、四回にわたって原告の事務所を訪問して説得を重ね、七回にわたって岡村や位田に電話をかけて右同様の説得や調査日程の調整に努力するとともに、身分証明書のコピーが得られないことを理由に調査に協力せず、また、帳簿等を提示しないのは不当な調査拒否による帳簿不提示に当たり、青色申告の承認取消事由となり、消費税の仕入税額控除ができなくなることについても十分教示した。それにもかかわらず、岡村及び位田は、一貫して、身分証明書のコピーをさせなければ帳簿提示には応じることができないという態度を崩さず、帳簿等を提示しなかったものであり、小林らがこれ以上説得努力を重ねても、到底帳簿等の提示を受ける見込みがなかったことには疑問の余地がない。

そして、消費税法六二条四項によれば、身分証明書は相手方に提示すれば足りると解され、同項が納税者にコピーをとる権限を付与していると解することはできない。むしろ、身分証明書をコピーさせれば、かえって悪用されるおそれが生じるのであり、小林らがコピーを断ったことに何ら違法な点はない。岡村が、コピーの取得を求めたのは不当な要求であり、これにこだわって調査に応じなかったことは、正当な理由なく調査に応じなかったと評価することができる。

以上によれば、原告は税務調査において、税務職員から適法な提示要請がなされたにもかかわらず、正当な理由なく帳簿等の提示を拒否したものであるから、法三〇条七項にいう「帳簿等を保存しない場合」に該当し、仕入税額控除を否認した本件更正処分は適法である。

(二) 過少申告加算税賦課決定の適法性

以上の事実関係によれば、原告は消費税の納付すべき税額を過少に申告したことになり、かつ、右過少申告について国税通則法六五条四項所定の「正当な理由」は認められない。そこで被告は、本件過少申告加算税の賦課決定を行ったものであり、右処分は適法である。

五  原告の主張

法三〇条七項は、納税者が「帳簿等を保存しない場合」には仕入税額控除をしない旨定めているが、非累積税たる消費税の本質に照らせば、同項は限定的に解されるべきであるから、帳簿等の保存がなくとも他の証拠資料により仕入税額を合理的に推認しうる場合は仕入税額控除を認めるべきである。また「帳簿等の保存」が仕入税額控除の要件であるとしても、右「保存」とは物理的な保存を意味するところ、原告は本件各処分当時、帳簿等を適正に保存していた。さらに、仮に帳簿等の提示が仕入税額控除の要件であるとしても、原告が帳簿等の提示を拒否したことはない。したがって、いずれにしても法三〇条七項を適用して、仕入税額控除を全面否認した本件各処分は違法である。

1  法三〇条七項の法的効力―「帳簿等を保存しない場合」にも仕入税額控除が認められる余地があるか。

現行消費税法は、多段階型、非累積型付加価値税であり(税制改革法一〇条二項)、各事業者が当該段階の前段階において課税された税額相当分を自己の段階の税額計算において控除することを建前としている。法三〇条一項に定める仕入税額控除は、累積排除の現れであって、消費税における実質的な課税標準は、課税売上額から課税仕入額を控除した金額と考えられる。そして、このような消費税の法構造に照らせば、仕入税額控除は必要不可欠の要素であるから、法三〇条七項はできるだけ限定的に解されるべきであり、同項が適用されるのは、所定の帳簿等を全く保存しないで、かつ、他に課税仕入額を合理的に推認する手段が全く存在しないような場合に限られると解すべきである。したがって、仮に帳簿等の保存がない場合であっても、他に当該納税者の課税仕入額を合理的に推認する手段がある場合には、それに基づいて仕入税額控除が許されるといわねばならない。被告はこの点、課税仕入額については推計ができないと主張するが、課税売上額について推計を認め、課税仕入額について推計を認めないのでは一貫しないし、同一事業者の法人税や所得税の計算については仕入れが推計されることとの整合性も得られない。被告の右主張は失当である。

2  法三〇条七項にいう「帳簿等を保存しない場合」の意義

また、「帳簿等の保存」が仕入税額控除の要件であるとしても、「帳簿等の保存」とは、以下に詳述するとおり、帳簿等が客観的・物理的に保存されていることを指し、それ以外の何ものでもない。したがって、仮に税務調査段階で帳簿等が提示されなかったとしても、その後の不服申立手続・訴訟手続において帳簿等の保存が確認された場合には、法三〇条七項は適用されず、仕入税額控除を認めるべきである。

(一) 被告は、帳簿等の「提示がない」場合は法三〇条七項の「保存しない場合」に該当すると主張するが、「保存」と「提示」は明らかに異なる概念であって、被告の右解釈は読み替えないし拡張解釈である。憲法三〇条及び八四条は租税法律主義を規定し、租税債権債務が法律の定めるところにより、画一的にしかも客観的に確定することを要請しているのであり、被告の解釈は明らかに租税法律主義に違反している。特に法三〇条七項は、消費税たる租税債権債務を確定するための課税要件なのであるから、租税法律主義の要請は一層明確であり、厳格な解釈が認められるべきである。

また、課税要件は、租税法律主義の原則からも客観的に確認しうるものでなければならないところ、「保存」の有無は客観的に確認することができるが、「提示」の有無については、極めて主観的な判断が介入し、客観的に確定することができない。まして、「提示」の有無の判断を税務職員に委ねることになれば、税務職員の主観によって、課税要件が左右される危険性が出てくる。法三〇条七項がこのようにその適用の有無を税務職員に委ねることを予想した規定でないことは明らかである。

(二) さらに、帳簿等が提示されない場合に法三〇条七項が適用されて仕入税額控除が否認されるとすると、否認された納税者は否認された税額分を取引前者と重複して二重に納付することになってしまうが、かかる二重課税は、非累積税たる現行消費税からは説明のつかない不当利得であって、立法上の消費税制の破綻である。

また、被告が主張するとおり「保存」に「提示」を含むとすれば、法三〇条七項は税の執行に関する規定ということになるが、そうであれば立法者は、当該規定を法六二条の質問検査権の条文のなかに規定したはずである。しかし、実際には右規定は、租税債権債務を定めた実体規定たる法三〇条のなかに位置しているのであるから、同項が税務職員に対する提示を定めた執行規定でないことは明らかである。被告の主張は、税の実体規定と執行規定を取り違えた謬見である。

被告は、税務調査の便宜を強調するが、税務調査の目的達成のためには、法六八条(一〇万円以下の罰金)があるのであって、納税者に対する強制機能は同条による罰則のみで十分である。法三〇条七項に強制機能の役割をもたせることは許されない。帳簿等の提示拒否が、一方で法六八条の罰金に処せられ、他方で納付すべき実体においても仕入税額控除を否認されるというような二重の結果を招来することは、法の本来の趣旨からして認められない。

(三) 被告は、税務調査時において帳簿等を確認することに固執するが、納税義務確定の過程全体(納税者による自主申告、税務調査、異議審査、不服審判、訴訟)を考慮すれば、税務調査はその一部に過ぎず、最終的な納税義務の確定は裁判所が判断するのである。法三〇条七項は「帳簿等を保存しない場合」と規定するのみであって、税務調査時に保存が確認できない場合に、不服申立手続や訴訟手続において保存を証明することを禁ずる字句は存在しない。仮に、税務調査時において帳簿等の保存が確認できなくても、その後の手続で保存が確認できれば、仕入税額控除を認めて何らの不都合もないはずである。被告は、法三〇条七項を税務調査における仕入税額の確認のための規定であると主張するが、この読み方は、全ての規定を徴税のための手続規定とみる、あまりに税務署サイドに偏った見方である。

(四) 被告は、青色申告承認の取消における裁判例をもって自己の解釈の正当性を基礎づけようとするが、青色申告承認の取消と消費税の仕入税額控除とは、全く次元の異なる問題であって、比較の対象とはなしえない。すなわち、青色申告制度は、帳簿による申告納税を奨励する目的から税務署長が与える特典であって、単に税務行政サイドの問題である。これに対し、法三〇条七項の「保存」の意義は、仕入税額控除という消費税の本質にかかわる課税要件の問題であるから、両者は全く次元の異なる問題である。また、青色申告の承認は、税務署の求める義務を果たした者に対する特典として税務署長によって授与されるものであるから、帳簿等を提示しない場合には制裁措置として承認を遡って取り消され、特典を剥奪されるという解釈が成り立つが、仕入税額控除の否認は制裁措置ではないのであるから、同様には考えられない。被告の右主張は失当である。

3  本件調査の経緯

本件調査の経緯は以下のとおりであり、岡村が被告係官に対して、帳簿等の提示を拒否した事実は全くない。

(一) 八月二七日午前(同日第一回臨場)

岡村は、同日、原告本社二階にある役員室に関係帳簿等の資料を準備し、位田とともに被告係官が来るのを待っていた。午前九時半前ころ、被告係官二名が原告会社に来社したため、岡村は二人に対し自己紹介し、係官ら(後藤と小林と後で分かった。)に対し身分証明書の提示を求めた。しかし、後藤はムッとした顔で、「私らは津税務署のものだ。自分らは位田先生を存じ上げているし、位田先生も私らを知っている」と言って身分証明書を出さなかった。そこで、岡村は不審に思い、「あなた方は位田税理士とは面識があったかも知れないが、私とは初対面です。身分証明書によって税務署の調査官かどうか確認をしたい」等と述べて、再度身分証明書の提出を求めた。そうすると二人は、こもごも身分証明書様のものを机の上に不満そうに置いたが、写真が貼っていなかったため、岡村は、後々のためにコピーさせて欲しいと頼んだ。しかし、後藤はこれを拒否したので、岡村はその理由や法令上の根拠を質し、身分証明書のコピーは身分確認が目的であって税務調査を拒否するものではないと説明したが、後藤は「身分証明書は書き写すなら良いがコピーはダメだ」と言うのみで、それ以上の具体的な返答は全くしなかった。そこで岡村は代替案として、「この調査の担当者名や調査目的を記載した文書を持参することはできないのか」と提案したが、後藤は「津税務署としての文書は出せない」と述べ、公文書を出すことも断った。岡村はさらに、調査には協力するが身分確認が必要である旨を説明したが、結局、後藤は「身分証明書のコピーは拒否する。税務調査の目的は申告内容の全てなので調べないと判らないし、税務署の文書は出せない」と答え、岡村が根拠を質しても黙ったままであった。また、この間、小林は一言もしゃべらなかった。そして、その後、後藤が、一度帰って相談して午後に来社すると述べたため、岡村も早く身分確認をして調査に入るよう応じて中断した。

(二) 八月二七日午後(同日第二回臨場)

後藤らは午後零時五〇分ころ戻ってきたが、岡村が結果を尋ねると、「身分証明書のコピーは困る」と繰り返すのみで、その根拠も示さず沈黙した。その時、二階から位田が降りてきたため、岡村が状況を説明すると、位田は「私は貝になりたい」という映画を例にとって、岡村のコピー要請に応じるように諄々と説得した。後藤らは黙ったまま聞いていたが、位田がコピー拒否の理由を聞くと、後藤は小声で「コピーには応じられません」とだけ答えて立ち上がった。そのあと遅れて小林も立ち、「今日はこれで帰ります」と言った。そこで位田が「あなた達は岡村が納得のいく説明を求めて調査を促しているにもかかわらず、一言の説明もなしに帰るということになれば、それは調査官達の『調査放棄』になるが、それで良いのか」と確認を求めたが、返事をせずに二人はそのまま帰った。

(三) 九月二一日

小林らが同日原告事務所に臨場した事実はない。小林らが原告事務所を訪れたという被告の主張は虚構である。

(四) 九月三〇日

午前一〇時ころ、後藤及び小林が、事前の連絡もなしに、原告会社へ調査のために臨場した。岡村は突然の来訪に驚き、約束なしに来るとはどういうことかと質したうえ、「私は税務調査には全面的に協力するから、身分証明書のコピーの件はどうなっている」と続けて聞いた。しかし後藤は、「あれから日も経っているから、あなたの方でも調べたでしょう」と答えたため、岡村は「なぜ、私の方からあなたの調査をせねばならないのか。あなた方が自分でハッキリと私の疑問に答える義務があるというのに」と言った。ここまで時間にして約一、二分のやりとりであったが、その時、取引先から電話が入り、岡村が応対中に二人は帰ってしまった。

(五) 一一月四日

午前一〇時、河之口と小林が、事前の連絡どおり、原告会社を来訪した。河之口は、「これをコピーさせよと言われると困るが」と言いながら身分証明書(写真はなかったと記憶する。)を示した。しばらく雑談をした後、河之口は「身分証明書のコピーの件ですが」と前置きして参考書を出しながら、「法人税法によると、税務署の職員は身分証明書を携帯し、請求があったときは提示しなければならないと定められている。提示とは見せるだけでよいと解釈される」との説明をしたので、岡村も納得した。その後、河之口が「協力をお願いしたい」というので、岡村は「必要な帳簿類は二階に用意してあるので早く調査に入りましょう」と言い、両者が一致したので、後日位田立会いのもので調査を行うこととなり、円満にその日の会談は終わった。

(六) 一一月二六日、二七日

右両日に、岡村が被告係官から電話連絡を受けた事実はない。岡村は一一月二四日から二六日まで東京に出張しており、同月二六日には原告事務所にはいなかったし、同月二七日は終日得意先回りで事務所外へ出ていた。右両日に、被告係官が岡村に電話連絡をしたという被告の主張は、虚構である。

(七) その後の経緯

このように、原告と被告係官との間では、身分証明書コピー問題については双方に了解が成立し、これから本格的に調査に移行するまでに至っていた。これらの過程のいずれをとっても原告がことさら調査を拒否するような態度に出たことは全くなかった。にもかかわらず、その後、税務署からは何らの連絡もなく、突然に本件各処分がなされたものである。

4  本件各処分の違法性

(一) 前記1のとおり、法三〇条七項は、帳簿等の保存もなく、他に課税仕入額を合理的に推認する手段が全く存在しない場合に限って適用を認めるべき規定であるところ、本件では、法人の経費や課税売上額から課税仕入額を推認することができるし、訴訟手続に提出された帳簿等から課税仕入額の実額を把握することもできるのだから、法三〇条七項が適用される事例ではない。したがって、本件では、これらの資料によって把握された課税仕入額をもとに法三〇条一項により仕入税額控除を認めるべきであって、法三〇条七項を適用して仕入税額控除を全面的に否認した本件各処分は違法である。

(二) また、「帳簿等の保存」が仕入税額控除の要件であるとしても、前記2のとおり、右「保存」とは単に物理的な保存を意味するものであって、税務職員に対する「提示」は含まない。そして、原告は、本件各処分時に、本件係争各事業年度分の帳簿等を適正に保存していたのであるから、法三〇条七項を適用して仕入税額控除を否認した本件各処分は違法である。

(三) さらに仮に、「保存」に「提示」が含まれるとしても、「帳簿等の保存」がないと認定するためには、税務職員が仕入税額控除の否認についての教示をした上で、その後に帳簿等の提示の機会を与える措置を講じたにも関わらず、納税者が正当な理由なくして帳簿等の提出を拒否したと認められる場合でなければならない。しかし、本件においては、前記3のとおり、教示がされたことも、原告が帳簿等の提示を拒否したことも全くないのであって、右要件を満たしていないことは明らかである。

また、本件調査の経緯について、仮に被告が主張する事実関係を前提としたとしても、原告に対して仕入税額控除を否認することは許されない。すなわち、第一に、税務調査では、納税者の理解と協力が得られるよう的確な説明と親切な対応が求められるところ、本件調査では、被告係官が岡村に対して、身分証明書のコピーができない理由を十分説明したとは到底いえないのであって、調査が頓挫したことの責任をすべて原告に押しつけることは許されない。第二に、教示は、納税者に対して複雑かつ専門的な手続に関する知識を与え、その後の手続に対する救済や不利益回避の機会を与えるために行われるものであるから、納税者本人に対してする場合には、十分理解し得るような教示の仕方をするべきであるし、税理士が代理行為をしている場合には税理士にも教示を行うべきであるが、本件では、そのいずれも行われていない。第三に、事前通知なしの調査は、現況調査等特別の必要があるときにのみ認められるところ、本件では、九月二一日の調査は岡村にも位田にも事前通知されていないし、九月三〇日の調査は位田に事前通知されていない。特に位田に対する事前通知の欠如は税理士法三四条にも違反する。

したがって、以上によれば、被告係官の適法な提示要請に対して原告が正当な理由なく調査拒否した事実は認められないから、本件各処分は違法である。

六  争点

1  法三〇条七項の意義

(一) 法三〇条七項の法的効力―「帳簿等を保存しない場合」にも仕入税額控除が認められる余地があるか。

(二) 法三〇条七項にいう「帳簿等を保存しない場合」の意義

2  被告係官による適法な提示要求に対し、原告が正当な理由なくして帳簿等の提示を拒否したか。

3  原告は、本件各処分時に仕入税額控除に係る帳簿等を法令に従って保存していたか。

第三  争点に対する当裁判所の判断

一  法三〇条七項の意義

1  現行消費税の基本構造

現行消費税は、消費行為を課税対象とする税(広義の消費税)の一種であり、広義の消費税のなかでは、以下のような位置づけを有している。

まず、広義の消費税は、あらゆる消費行為に課税する一般消費税と、特定物品の消費行為についてのみ課税する個別消費税とに分類され、さらに、取引の全ての段階の消費行為に課税する多段階税と、特定の段階の消費行為についてのみ課税する単段階税に分かれる。また、多段階税は、取引の各段階で課せられた税負担がそのまま累積する累積税と、前段階で課せられた税負担が次の段階で控除される非累積税とに分類され、さらに非累積税は、累積を排除する方法によって、インボイス(伝票)方式と帳簿方式に分かれる。

これに対し、現行消費税は、課税対象を、国内において個人事業者及び法人が行った資産の譲渡等としているから(法二条一項四号、同四条一項)、多段階型・一般消費税であり、取引前者の税負担を原則として排除することとしているから(法三〇条一項、税制改革法一〇条二項)、基本的には非累積税である。また、法は、帳簿等を保存しない場合には仕入税額控除をしないとしているから(法三〇条七項)、累積排除につき帳簿方式を採用している。

2  法三〇条七項の法的効力―「帳簿等を保存しない場合」にも仕入税額控除が認められる余地があるか。

法は、三〇条一項において仕入税額控除を定め、三〇条七項において、課税仕入れの税額控除に係る帳簿等を保存しない場合には、同項但書の宥恕規定に該当する場合を除き、三〇条一項を適用しないと規定している。そして、法三〇条七項の法的効力について、原告は、非累積税たる消費税の本質に照らせば、同項は限定的に解釈されるべきであって、同項は、帳簿等を全く保存しないで、かつ、他に当該納税者の課税仕入額を合理的に推認する手段が全く存在しないような場合に限っての規定であると主張する。

しかし、法三〇条七項の文言に照らせば、同項は、帳簿等の保存を仕入税額控除の要件とし、帳簿等の保存がない場合には、仮に客観的に課税仕入れが存在しても仕入税額控除は認めないとする趣旨であると解するのが自然であり、原告主張のとおりに解釈することは文言上困難である。また、法三〇条七項は、但書において宥恕規定を設けているところ、同項を原告主張のとおりに解すれば、但書の宥恕規定がどのような趣旨で設けられているのか説明できないのであって、かかる条文解釈はとり得ない。これに対し、原告は、現行消費税が非累積税であることを強調するが、現行消費税が非累積税であっても、一定の方式によって把握された累積額だけを排除するとの規定をおくことも可能なのであるから、非累積税であることから原告主張の解釈が導かれるわけではない。

したがって、法三〇条七項は、帳簿等の保存を仕入税額控除の要件とし、仕入税額の証明手段を法定の帳簿等に限定していると解すべきであって、納税者が法定の帳簿等を保存していない場合には、他の証拠資料によって課税仕入額を合理的に推認することができる場合であっても、仕入税額を控除することは認められない。

3  法三〇条七項にいう「帳簿等を保存しない場合」の意味

(一) 次に、原告は、仮に「帳簿等の保存」が仕入税額控除の要件であるとしても、法三〇条七項にいう「帳簿等を保存しない場合」とは、単に物理的に帳簿等を保存しない場合を意味するに過ぎないから、税務調査で帳簿等を提示しなくとも、不服申立手続や訴訟手続で保存が立証されれば、法三〇条七項は適用されないと主張する。これに対し、被告は、法三〇条七項にいう「帳簿等の保存」とは物理的保存では足りず、税務職員の適法な提示要求に対して提示しうる状態で保存していることが必要であるから、税務調査において正当な理由なく帳簿等の提示を拒否した場合には、法三〇条七項にいう「帳簿等を保存しない場合」に該当すると主張する。

(二)(1) そこで検討するに、消費税法は申告納税制度を採用しているので(法四二条、四五条等)、原則として納付金額は納税者のする申告によって確定し、申告がない場合又は申告にかかる税額が税務署長等の調査したところと異なる場合には、税務署長が更正・決定等の処分を行うことによって確定する(国税通則法二四条、二五条)。そして、申告納税制度は、大量の納税者の申告に対し、税務職員が効果的に調査を行うことによって、適正な税収を確保しようとする制度であるから、税務職員による調査は、正確性を維持しつつも、数多くの申告内容を迅速に確認するものでなければならない。

ところで、消費税の場合には、他の税目に比べ、大量反復性を有しているため、簡単に調査しうる確実な証拠によって、迅速に調査を行うことができなければ、税務署長等は、広い範囲の申告内容を確認することができず、適正な税収を確保できない恐れがある。また、消費税の場合には、消費者からの預り金的性質を有するから、納税者の益税とならぬよう、特に正確な税額確定が要求されるところ、証拠方法を確実な証拠に限定しなければ、大量・迅速な処理が要求される税務調査において、その正確性を十分担保することができない。そこで、法三〇条七項は、仕入税額の証明手段を帳簿等に限定することにより、税務署長等が、帳簿等という簡単に調査しうる確実な証拠に基づいて仕入税額を確認できるようにし、それによって、正確かつ迅速に、広い範囲の申告内容を確認することを可能にしようとしたものである。すなわち、法三〇条七項は、効率的な税務調査を実現することにより、申告納税制度を採用する消費税法のもとで適正な税収を確保しようとした規定であると考えられる。

以上の法三〇条七項の趣旨に照らせば、同項にいう帳簿等は、税務署長等が申告内容の正確性を確認するための資料として保存が要求されているものであるから、同項は、右帳簿等が税務調査に供されることを予定し、税務職員が税務調査として帳簿等の提示を求めたときは、納税者はこれに応じることを当然の前提としているというべきである。

(2) また、法三〇条七項が、税務調査における帳簿等の提示を予定していることは、他の条文の規定からも窺うことができる。すなわち、消費税法施行令五〇条一項は、法三〇条七項に規定する帳簿又は請求書等を整理し、当該帳簿についてはその閉鎖の日の属する課税期間の末日の翌日、当該請求書等についてはその受領した日の属する課税期間の末日の翌日から二月を経過した日から七年間、これを納税地又はその取引に係る事務所、事業所その他これらに準ずるものの所在地に保存しなければならないと規定している。そして、右にいう七年間とは、課税庁が課税権限を行使しうる最長期間である七年間(国税通則法七〇条五項参照)とまさに符合するのであり、帳簿等が税務調査において利用されることを前提とした規定であるとして初めて理解しうる。言い換えれば、右条文は、帳簿等が税務調査の資料として利用されることを前提にその保存期間を規定しているのであって、不服申立手続や訴訟手続で帳簿等が利用されることは念頭においていない。また、帳簿等を納税地等において整理して保存しなければならないとされている点も、税務調査において税務職員が帳簿等の内容を確認することを前提とした規定であると理解するのが自然である。

(3)  以上によれば、法三〇条七項にいう「帳簿等の保存」とは、単なる客観的な帳簿等の保存と解すべきではなく、税務職員による適法な提示要求に対して、帳簿等の保存の有無及びその記載内容を確認しうる状態におくことを含むと解するのが相当である。これを納税者の側から見ると、税務調査において帳簿等の提示を拒否した納税者は、仕入税額控除を受けることができないこととなるが、帳簿等を適正に保存さえしていれば、納税者が税務調査においてそれを提示することは極めて容易であり、その機会も十分に与えられるのであるから、敢えて課税処分がなされた後に帳簿等の提出権を認めなければならない合理的理由はない。したがって、納税者が税務職員による適法な提示要求に対して、正当な理由なくして帳簿等の提示を拒否したときは、後に不服申立手続又は訴訟手続において帳簿等を提示しても、これによって仕入税額の控除を認めることはできないというべきである。

(三) これに対し、原告は以下のとおり反論するが、原告の主張する各根拠は、いずれも採用することができない。

(1) 原告は、税務調査・不服申立手続・訴訟手続という税額確定の手続全体を考慮すれば、不服申立手続や訴訟手続で帳簿等を提出して、帳簿等の保存を立証することも当然に許されるはずであり、法三〇条七項を税務調査における仕入税額の確認のための規定と解するのは余りに税務署サイドに偏った見方であると主張する。しかし、以下に述べるとおり、①原告の右主張は、税務署長等による申告内容の確認を不可能にするものであって不合理であるうえ、②右主張によれば、法三〇条七項がいかなる趣旨で設けられたのか合理的に説明できないことになるのであるから、かかる解釈は到底採用することができない。

① すなわち、税務署長は、申告納税制度を採用する消費税法のもと、納税者の申告内容を確認し、不正申告等に対しては課税処分を行うことにより、適正な税収を確保すべき職責を負っている。そして、申告内容の正確性を確認するためには、判断資料を入手することが必要不可欠であるから、税務署長等は、質問検査権を行使して、課税要件事実の存否に関する資料を入手しうることが制度上当然の前提である。

これを消費税の仕入税額控除について考えるに、法三〇条は仕入税額控除の要件として、(イ)客観的な課税仕入れの存在と(ロ)法定帳簿等の保存を要求しているが、帳簿等は納税者の支配下にある資料であるから、納税者が任意にこれを提示しなければ、税務職員は(ロ)の要件の存否を判断することができず、ひいては、帳簿等の記載内容によって認定すべき(イ)の要件の存否についても判断することができない。法は、六八条において、調査拒否に対する罰則(一〇万円以下の罰金)を設けてはいるものの、仮に税務職員に対する帳簿等の提示がなくとも仕入税額控除が認められるということになれば、納税者のなかには、罰金を課される危険を冒してでも税務職員に対する帳簿等の提示を拒否し、事後の手続で改竄・偽造した帳簿等を提示することによって、不正な利益を得ようとする者が現れかねないのであって、同条の罰則のみで、調査段階での提示を強制することは困難である。

すなわち、税務職員に対する帳簿等の提示を不要とする原告の解釈に立てば、税務署長等は、申告内容の正確性を担保すべき職責を負っているにもかかわらず、課税要件事実の存否に関する資料の入手が何ら担保されていないことになるのであって、そのような解釈が、右に述べた申告納税制度と相容れないことは明らかである。また、原告の解釈によれば、法三〇条七項は、仕入税額の証明手段を帳簿等に限定したことによって、かえって、税務署長等による申告内容の確認を困難にしたことになるが、適正な税収確保のために設けられた条項によって徴税が妨げられるという結論は明らかに不合理であって、条文解釈としてはとりえない。

② また、原告は、法三〇条七項を税務調査における仕入税額の確認のための規定と解するのは余りに税務署サイドに偏った見方であると主張するが、不服申立手続や訴訟手続は、大量・迅速な処理が要求される税務調査とは異なり、税務署長と納税者が一対一の関係で証拠等を出し合い、慎重な審理を経て結論を出す手続であるから、法三〇条七項が、不服申立手続や訴訟手続における仕入税額の確認のために、仕入税額の証明手段を帳簿等に限定したとは考えられない。すなわち、原告の右主張によれば、結局、法三〇条七項がどのような趣旨で仕入税額の証明手段を帳簿等に限定したのか合理的に説明しえないのであって、かかる主張は採用することができない。

(2) 次に、原告は、「保存」が「提示」を前提としていると解するのは、拡張解釈であって、租税法律主義に違反すると主張する。しかし、前記(二)の解釈は、法三〇条七項の立法趣旨に照らし、同項が当然の前提としていることを明らかにしたに過ぎないから、その文理に反したり拡張解釈をしたりするものではない。また、原告は、提示拒否の場合に仕入税額控除が認められないとすれば、税務職員の主観的な判断により法三〇条七項の適否が左右される危険性があると主張するが、納税者が帳簿等の提示を拒否したかどうかは、最終的には訴訟手続で裁判官が事実認定すべき問題であるから、法三〇条七項の適用が税務職員の主観的判断に委ねられているとはいえず、右批判はあたらない。加えて、原告は、提示拒否という概念は不明確であって、課税要件たる要件事実として不適当であると主張するが、所得税法一五〇条一項一号では、提示拒否は青色申告承認取消事由に該当するという解釈が採られ(東京高等裁判所昭和五九年一一月二〇日判決・行裁例集三五巻一一号一八二一頁参照)、現に多くの裁判例で、提示拒否の有無について事実認定が行われているのであるから、提示拒否という概念が課税要件たる要件事実として不明確であるとは考えられない。

(3) また、原告は、帳簿等の提示がない場合に仕入税額控除を否認するとなると、否認された部分は二重課税となってしまい、累積排除を旨とする消費税の本質に反すると主張する。しかし、前記1のとおり、法三〇条七項は、「帳簿等を保存しない場合」には仕入税額控除をしないと定めているのであるから、仮に「保存」を物理的保存とする原告の解釈に立ったとしても、帳簿等の物理的保存がない場合には仕入税額控除は認められず、税の累積は生じうる。すなわち、仕入税額控除が認められない場合に生じる税の累積は、そもそも法三〇条七項の予定するところであるといえるから、原告の右主張が原告解釈の根拠となっているとはいいがたく、これを採用することはできない。

(4) さらに、原告は、「保存」が「提示」を前提にしているのならば、法三〇条七項は税の執行に関する規定ということになるから、実体規定たる法三〇条のなかに位置づけられるはずがないと主張する。しかし、前記(二)の解釈によれば、法三〇条七項は、税務職員の適法な提示要求に対し、納税者が正当な理由なく帳簿等の提示を拒否した場合には、仕入税額控除の否認という実体的効果が生じることを規定した条文ということになるから、法三〇条七項が実体規定たる法三〇条のなかに位置づけられていることが不整合であるとはいえない。原告の右主張は採用することができない。

(四) 以上によれば、法三〇条七項にいう「帳簿等の保存」とは、単なる物理的保存ではなく、税務職員の適法な提示要求に応じて、税務職員が帳簿等の保存状況及びその内容を確認しうる状態におくことを含んでいると解されるから、納税者が正当な理由なく帳簿等の提示に応じなかった場合には、法三〇条七項にいう「帳簿等を保存しない場合」に該当し、納税者は法三〇条一項による仕入税額控除を受けることができない。

ただし、仕入税額控除の否認が納税者に対して重い税負担をもたらすことに照らせば、納税者が帳簿等の提示を拒否したかどうかを認定するにあたっては、一定の慎重さが要求されるべきであり、一時点のみの提示拒否を捉えて、安易に法三〇条七項を適用することは相当でない。提示拒否を理由として法三〇条七項を適用するためには、税務調査の全過程を通じて、税務職員が、帳簿等の提示を得るために社会通念上当然に要求される程度の努力を行ったにもかかわらず、納税者から帳簿等の提示を受けることができなかったと客観的に認められることが必要である。

二  被告係官による適法な提示要求に対し、原告が正当な理由なくして帳簿等の提示を拒否したかどうか。

1  本件調査の経緯

乙一一ないし一三号証、証人小林秀行の証言、証人河之口茂夫の証言及び弁論の全趣旨によれば、本件調査の経緯について、以下の事実を認めることができる。

(一) 八月二七日午前

津税務署調査官である後藤敏及び小林秀行は、原告の関与税理士である位田幹生と事前に電話で日程調整を行ったうえ、同日午前九時三〇分ころ、本件係争各事業年度の法人税及び消費税の調査を行うため、原告会社を来訪した。後藤らが、原告会社の代表者である岡村孝の妻に取り次ぎを頼んだところ、岡村が応対に現れたので、後藤らは所属及び氏名を名乗ったうえで、身分証明書及び質問検査章を提示し、調査への協力を依頼した。これに対し岡村は、身分証明書等を確認はしたものの、「帳簿を見せる前に身分証明書をコピーさせて欲しい。あなた方が本当の税務職員か確認するためにコピーが必要である」と要求した。そこで後藤らは「このとおり写真が貼付されており、税務署長の印が押印されているから、この証明書が正規のものであることはわかるはずである」と説明したが、岡村は「写真や印というものはどうにでもなる。見ただけでは証拠が残らないからコピーが欲しい」と申し立てて、あくまで身分証明書のコピーを要求した。後藤らはさらに、「身分の確認は身分証明書を提示すれば十分であるし、税務署へ電話すれば我々が税務職員であることは確認できる」と説得したが、岡村は「身分証明書の提示とは、納税者が要求すればそれをコピーさせることまで含む意味であると理解すべきである。電話はどこにかかるかわからないので信用できない」と言って納得しなかった。後藤らは、その後も、「本件調査については位田税理士に事前に電話で連絡しており、あなたも承知しているはずである。位田先生に来ていただいて身分確認をしてもらってはどうか。後で誰が来たのか証明できないということであれば、身分証明書の内容を書き写してもらっても構わない」などと説得に努めたが、岡村は納得せず、自分が納得しないうちは税理士の立ち会いも必要ないと拒否した。

さらに、岡村は、「本物の税務職員であることが証明されない限り、調査には応じられないが、身分証明書のコピーがだめなら、あなた方の身分や調査の目的及び範囲を公文書で明らかにして欲しい」と求めた。後藤らは「調査の目的は申告内容の確認であり、調査項目は法人の業務に関するいろいろな書類の中から必要と認めるところを判断して調査を進めていくのであるから、細かくこれこれとは言いにくい。書類の限定もできない。公文書でそのようなものを出すこともできない」と答えたが、岡村は、「資格のある税理士が帳簿、申告書等を作成しているのだからどこがどのように間違っているのか言ってもらわなければ帳簿等は用意できない。当社は多数のユーザーに商品を提供しており、そのユーザーに関する情報を明らかにしてユーザーに迷惑をかけ当社の信用を失うような物は見せることができない」として、調査項目を明示しなければ調査に応じない姿勢を示した。そこで後藤は、公文書ではないけれどもと言って、調査対象法人名、調査税目、調査項目、調査担当者の所属及び氏名をメモに記載して岡村に渡したところ、岡村は、右メモを持って二階に上がり、しばらくして降りてきたが、「調査項目は分かったが、公文書ではないから身分は証明されていないので調査には応じられない」として調査に協力しようとしなかった。

午後零時ころ、後藤らは、午後一時に再度臨場する旨を岡村に告げて、原告会社を辞去した。

(二) 八月二七日午後

午後一時ころ、後藤らは、原告会社に再度臨場し、岡村に対し調査への協力を求めるとともに、身分証明書については提示すればよいのであるからコピーをさせることはできないと説得をした。これに対し岡村が、そんな法律はどこにあるのかと質問したため、後藤らは法人税法一五七条の説明をし、身分証明書は提示すれば足りる旨を説明した。しかし岡村は、その後も、身分証明書のコピーを要求する態度を崩さなかったため、午後二時ころ、位田を呼んでもらい、同人に事情を説明して協力を求めた。ところが位田は、「身分証明書の提示は相手方が分かりうる状態に示せばよいと思うが、民主主義国家の主人公である納税者の言うことを尊重して身分証明書のコピーに応じたらどうか。税法にコピーしてはいけないとは書いていない」等と述べ、岡村と同様に身分証明書のコピーを求めた。そこで、後藤らは、「自分たちは適正に身分証明書を提示しており、これ以上のことはできない。調査の進展が望めないならこれで帰るしかない」と告げて、午後二時二〇分ころ原告会社を辞去した。

(三) 九月二一日

後藤らは、同日午前九時五〇分ころ、事前の連絡なしに原告会社に臨場し、岡村と面接した。後藤は、調査に臨場したことを告げて、「前回の身分証明書のコピー問題や、調査について公文書での通知が欲しいということについての考えに変更はないのか」と尋ねた。しかし、岡村は相変わらず身分証明書のコピーを要求するばかりであったので、次回は九月三〇日に臨場する旨を告げて、一五分ほどで原告会社を辞去した。

(四) 九月三〇日

後藤らは、同日午前一〇時ころ、原告会社に臨場し、岡村に調査に対する協力を依頼した。しかし、岡村は「前にも言った身分証明書のコピーか調査内容を公文書で通知するなどの方法で、身分が証明されなければ調査には応じられない」と申し立てたため、後藤らは「身分証明書を提示して適法な手続を取っているのに、条件をつけて調査に応じないことは調査拒否と判断する」と伝えた。これに対し、岡村が「今後どのようになるのか」と聞いてきたため、後藤らは「青色申告承認取消事由に該当し、消費税の仕入税額控除が認められなくなるから、いずれにしても通知書が届くことになる」と説明したところ、岡村は「その通知書が来ればあなたたちの身分が確認できるから、調査に応じることができる」と答えた。後藤らは、このままでは帳簿等の提示を受けることはできないと判断し、午前一〇時五〇分ころ、原告会社を辞去した。

(五) 一〇月一二日

河之口茂夫統括官は、同日、位田の事務所に架電し、岡村が要求する身分証明書のコピー等について、どのように考えているのか質した。位田は「税務署の職員の提示方法で十分であると考えてはいるが、法的に違法でないのなら納税者が要望している身分証明書のコピーをさせてやればいいのではないか」と答えたため、河之口はさらに「身分証明書をコピーさせることはできない」と説明したが、位田は納得せず、調査の協力や岡村への説得の話はなかった。

(六) 一一月四日

河之口は、それまでの調査の状況から、自らが出向いて岡村を説得する必要があると考え、同日午前九時五〇分ころ、小林とともに原告会社に臨場した。河之口は、岡村に対して、身分証明書を提示したうえ、「身分証明書は納税者に提示するだけでよいと税法上解釈されており、身分証明書のコピーを渡すことはできない」と説明した。そしてさらに、「納得できないのであれば、提示した身分証明書のメモをとり、電話で税務署に確認しても身分確認はできる。前回の訪問から一か月程度経過したが、岡村の方で身分確認のため努力をしたか」と尋ねた。しかし、岡村は「自分のメモでは証拠にならないから納得できない。自分では身分確認をしていないが、身分証明書のコピーをさせればその必要はない」などと返答した。さらに河之口は、「最初に臨場してから二か月程度経過し、その間に今日も含めて四回会っているのだから、税務職員であることを認めて調査に協力するように。何度も臨場しているのに、身分証明書のコピーを繰り返し要求して調査に協力しないことは、調査拒否による帳簿書類の不提示にあたる。その結果、前回話したとおりになる」と説得した。これに対し、岡村は「今日は税理士が都合で臨席していないので、税理士と相談して回答したいので少し時間が欲しい」と返答したため、河之口は岡村にできるだけ早く返答するように告げ、午前一〇時五〇分ころ原告会社を辞去した。

(七) 一一月二六日

その後、三週間経過しても岡村から連絡がなかったため、小林は、同日、岡村に電話をかけ、一二月三、四日に調査のために臨場したい旨連絡した。岡村は、手元に手帳がないのでスケジュールがわからないし、税理士の都合もわからないので確認して電話をすると答えた。

(八) 一一月二七日

しかし、その後岡村から連絡がないため、後藤は同日、岡村に三回電話をかけた。初めの二回、岡村は「まだ税理士に連絡がつかないので後で電話をして欲しい」と答えたが、三回目の電話では「身分証明書のコピーの問題はどうなったのか。一二月三、四日はいいけれど、この点が解決しないのではその日に調査に来ても意味がない」と返答した。後藤が「身分証明書のコピーはさせられない」と答えると、岡村は「位田税理士とこの問題について話をつけてくれ」と言い、それ以上の話は受け付けなかった。そこで後藤は、位田に電話して調査に行きたい旨確認したが、位田も身分証明書のコピーの問題を持ち出して押し問答となるだけであったため、河之口が電話を代わって話をした。しかし、位田は「身分証明書のコピーの問題は解決していないので、この問題が解決しないうちは調査については白紙のつもりである。私の意見は納税者の意見であると思ってもらっていい」等と述べ、調査日程について話し合うことはできなかった。

(九) その後の経緯

その後、河之口らは、相談の結果、これ以上の説得は無理であると判断し、銀行調査や取引先調査に入った。そして消費税については、帳簿等の保存が確認できなかったため、仕入税額控除を否認し、平成五年三月三一日、本件係争各事業年度の消費税について本件更正処分及び本件賦課決定を行った。その間、岡村及び位田からは一切連絡はなかった。

2  原告代表者岡村の供述の信用性

原告代表者岡村の尋問の結果中には、右認定事実に反する供述部分があるが、岡村の供述には以下のような問題点があり、全体として信用することができない。

(一) 身分証明書の写真貼付

岡村は、後藤らの身分証明書のコピーを求めた理由の一つとして、提示された身分証明書様のものに写真が貼付されていなかったので身分確認ができなかったためであると供述する。

しかし、甲一四、一六、一八及び二〇号証によれば、岡村が本件の異議申立段階ないし審査請求段階において、写真の貼付を問題にしたことはないことが認められ、本件訴訟が提起されてから初めて写真貼付が問題とされたことについては不自然な感を免れない。また、八月二七日に本件調査に立ち会った証人位田幹生の証言内容を精査しても、岡村が本件調査時に、写真の存否を問題にしていたことを窺わせる証言はない。さらに、岡村は、河之口の身分証明書については写真の有無を気にしていなかったと供述しているところ、岡村が供述するとおり写真の不貼付が身分確認の障害になっていたのであれば、河之口についても当然に写真の有無を確認するはずであって、同人だけ写真付の身分証明書による身分確認が問題とされないのは不自然である。この点、岡村は、河之口については当初から信頼関係があったので写真は問題にならなかったと供述するが、岡村が小林らの身分確認を強硬に要求してきた経緯に照らせば、その上司として来訪した河之口について当初から信頼関係が築けるというのも不可解であって、岡村の供述は理解しがたい。

(二) 一一月四日の調査協力合意

(1) 岡村は、一一月四日の調査では、身分証明書のコピー問題は解決し、今後調査に協力することで河之口との間で合意ができたと供述する。

しかし、仮に右供述が真実であるとすれば、岡村は、今後立会いを要する位田に対し、速やかにその旨を報告したはずであるところ、位田は一一月二七日、河之口に対して、身分証明書のコピーの問題が解決しない限り調査は白紙である旨言い渡しているのであるから、岡村が河之口に調査協力を申し出ていたとは考えがたい。原告は、この点、岡村が一一月四日の結果を位田に報告したのは一二月末ごろであるから、位田の対応と食い違いが生じたのは不自然ではないと主張するが、証人位田は岡村からそのような報告を受けたことを証言していないし、調査合意ができたにもかかわらず二ヶ月近く税理士に報告をしないというのも不自然である。また、証人位田は、一一月二七日頃河之口と電話をした後、直ちに、その電話の内容について岡村と連絡を取り合ったと証言しているところ、原告の右主張を前提とすれば、岡村は右連絡で位田が誤解していることを知ったにもかかわらず、その誤解を放置し、一二月末まで敢えて調査合意のことを告げなかったということになるが、岡村がそのような不可解な行動をとる理由もない。岡村の右供述は不合理である。

(2) また、一一月四日に身分証明書のコピー要求を撤回した理由について、岡村は、河之口から参考書を見せられて条文解釈の説明を受け、納得したからであると供述する。

しかし、原告が、国税不服審判所長に提出した審査請求書(甲一六号証)では、「その後、河之口茂夫統括官も加えて、話合いはなされたが、調査官達の態度は全然変わらず、権力を笠にきて、一方的に身分証明書のコピーを拒否するだけで、拒否する法令上の根拠も示し得ず、納得の行く説明をするでもなく、強権的に『税務署の命令には文句を言わずただ服従せよ』という正に封建時代を彷彿とさせるような態度であった」との主張がなされているのであり、右主張からは、岡村が河之口の説明に納得した様子はおよそ窺われない。岡村の右供述には疑問がある。

(3) 以上によれば、一一月四日に身分証明書のコピー要求を撤回して調査協力を約したとの岡村の供述は不自然であるうえ、他の証拠とも矛盾しているから、これを採用することはできない。

(三) 一一月二六日及び同月二七日の電話連絡

(1) 岡村は、一一月二六日は東京に出張しており、一一月二七日は得意先回りをしていて、原告事務所にはいなかったから、自分が小林らの電話を受けられたはずがないと供述する。

(2) そこでまず、一一月二六日の行動について検討するに、原告は、同日岡村は、午後三時に名古屋駅に到着し、その後名古屋で寄り道してから帰宅したので会社には出ていないと主張する。しかし、甲四四号証の1ないし4及び四五号証を前提としても、右書証から窺われるのは岡村が同日午後三時に名古屋駅に到着したことまでであるから、右書証によって、岡村が同日原告会社に出社しなかったことが裏付けられているとはいえない。しかも、岡村は、原告代表者尋問で、「(一一月二六日は)都内の飲食店をいろいろと回りまして、東京を夜の七時か八時の新幹線に乗ったはずです。津には一一時前後に着くと思います」と右主張とは異なる供述をしている。岡村の供述は不自然であって信用性は低い。

また、原告は、岡村が同日の昼に都内で昼食をとった証拠として、「たいめいけん」の領収書(甲三一号証の2)を提出しているが、同店の保管されたレジテープ及び御計算書(乙一五及び一六号証)には右領収書に対応する記載が認められないのであって、同店取締役茂出木幸子が、日付を書かずに領収書を発行することがある旨陳述していること(乙一五号証)と合わせ考えれば、右領収書が真実一一月二六日に発行されたものであるかについては重大な疑問がある。そして、このように一部成立に疑問がある書証が提出されていることは、岡村の供述全体の信用性に疑念を抱かせるものである。

(3) 次に、一一月二七日の行動について検討するに、原告は、岡村が同日得意先回りをしていたことの証拠として、高速道路通行料金通知書(甲三二号証の一ないし四)を提出しているが、右書証は、原告会社の利用車両が同日高速道路を利用したことを証明するに過ぎないものであるから、これによって、岡村が同日原告事務所にいなかったとの事実を推認することはできない。むしろ、証人位田は、このころ後藤から電話を受けたことを認めているところ、右証言は、岡村から税理士と交渉するよう言われて位田に電話をかけたとの後藤の陳述(乙一二号証)と符合するのであるから、これらを総合すれば、後藤は右同日、岡村に対して電話連絡をしたと推認するのが相当である。

(4) 以上によれば、一一月二六日及び二七日に電話連絡を受けていないとする岡村の供述は不自然であり、これを採用することができない。

(四) 教示の有無

岡村は、後藤らから青色申告承認取消や仕入税額控除否認の教示を受けたことは一切無いと供述する。

しかし、岡村の本件調査に関する供述には、既に述べたとおり、明らかな矛盾点や不自然・不合理な点が多く存在するのであり、教示の有無についてだけ、その信用性を認めることは困難である。また、帳簿等が提示されなかったという事実から教示がなかったとの事実を推認することもできない。以上を合わせ考えれば、後藤らから一切教示を受けなかったとの岡村の供述を採用することはできない。

三  本件各処分の適法性

1  以上を前提に本件各処分の適法性について検討するに、前記二1によれば、本件調査にあたった後藤ら被告係官は、八月下旬から一一月下旬まで三か月間、原告会社に四回臨場し、岡村及び位田には七回電話をかけるなどして、調査への協力要請や日程調整に努め、さらに岡村に対しては、帳簿等の提示を拒否すれば消費税の仕入税額控除が否認されることを二回にわたって教示したことが認められる。しかし、岡村は被告係官の右説得にもかかわらず、身分証明書のコピーを執拗に要求し、コピーをさせることが調査の先決問題であるとの態度を示し続けたのであるから、これ以上説得を続けても帳簿等の提示を受けることができなかったことは客観的に明らかである。そして、税務職員の身分証明書の提示について定めた消費税法六二条四項は、身分証明書を納税者に見せることを定めるのみであって、納税者にコピーをさせることまで要求するものではないから、岡村が身分証明書のコピーを要求して帳簿等の提示を拒否したことは、提示拒否の正当理由にはあたらない。

したがって、以上によれば、岡村は、被告係官が適法な税務調査において、帳簿等の保存及びその内容を確認するために社会通念上当然に要求される程度の努力を行ったにもかかわらず、正当な理由なくして帳簿等の提示を拒否し、税務職員に対して帳簿等を確認しうる状態に置かなかったことが認められるから、法三〇条七項にいう「事業者が当該課税期間の課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿又は請求書等を保存しない場合」に該当するというべきである。

2  これに対し、原告は、仮に被告が主張する事実経過を前提としても、身分証明書のコピーに関して後藤らが岡村に対してなした説明は極めて不十分なものであるし、仕入税額控除の教示のやり方も到底十分とはいえないのであるから、仕入税額控除を否認することは許されないと主張する。しかし、前記二1で認定した事実関係に照らせば、後藤らは本件調査において、岡村らに対し、税務職員として社会通念上当然に要求される程度の努力を尽くしたと評価しうるのであって、これを不十分とする原告の右主張は採用できない。

また、原告は、仮に被告が主張する事実経過を前提としても、九月二一日と三〇日の調査は、本人や税理士に対する通知を欠いた調査であるから違法であり、右調査を前提とした本件各処分は違法であると主張する。しかし、事前通知は調査を行ううえでの法律上の要件となっているものではないから、事前通知を行わずになした調査も、社会通念上相当な範囲内において実施された場合には適法な税務調査というべきである。また、税理士に対する事前通知を定めた税理士法三四条は訓示規定であると解されるから、同条違反が直ちに調査の違法につながるわけではない。そして、前記二1で認定した事実に照らせば、本件調査が社会通念上相当な限度を逸脱しているとは認められないのであって、本件調査が違法であるとの原告の右主張は採用することができない。

3  以上によれば、原告は「課税仕入れの税額の控除に係る帳簿等を保存しな」かったものであるから、原告について法三〇条一項を適用せず、仕入税額控除を否認した本件更正処分は適法である。また、右によれば、原告は消費税の納付すべき税額を過少に申告したこととなり、かつ、過少申告について国税通則法六五条四項所定の「正当な理由」があったことを認めるに足りる証拠もないから、本件賦課決定処分も適法である。

四  以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないから棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山川悦男 裁判官新堀亮一 裁判官渡邉千恵子)

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